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ベトナム人留学生はなぜ技能実習生を調査したのか(1)差別と搾取の技能実習制度と「憧れの日本」ジパング協同組合

category : ニュース 2016.4.27 
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「現代の奴隷」と呼ばれることさえある外国人技能実習生。日本の「外国人技能実習制度」をめぐっては、技能実習生が低賃金で就労していることに加え、人権侵害やハラスメントへのリスクにさらされるなど、数々の課題が指摘されてきた。

だが、それでも今、技能実習生として日本で働くベトナム人が増えている。技能実習生の多くを占めてきた中国出身者は最近では減少傾向にあり、これをベトナム人技能実習生が補っている格好だ。そんな技能実習生を調査し大学の卒業論文を書き上げたベトナム人の男性留学生がいる。彼はなぜ、技能実習生を調査したのか。ベトナム人留学生が技能実習生を調査するに至った背景を何回かにわけて掘り下げたい。

■「ベトナム人技能実習生に対する調査は自分の使命」
現金収入を求め農村から都市への出稼ぎ者が増加中だが、海外へ出稼ぎに行く人もいる。筆者撮影
現金収入を求め農村から都市への出稼ぎ者が増加中だが、海外へ出稼ぎに行く人もいる。筆者撮影
ベトナム人技能実習生のことを調査するのは自分の使命だと思った――。

ハノイ市郊外出身のグエン・ヒュー・クイーさん(27)は、こう切り出した。

それは2016年1月、ハノイ市の中心部にあるホアンキエム湖の近くのカフェでのことだった。クイーさんは京都の龍谷大学国際文化学部の学士課程に正規入学した後、4年の課程を終えて、2015年9月に卒業したという。

そんなクイーさんが龍谷大学での卒業論文のテーマに選んだのが、日本の「外国人技能実習制度」により日本で働くベトナム人技能実習生の就労状況だった。

はきはきと話し、にこやかな表情を見せてくれるクイーさん。ときおり関西弁も出てくる流ちょうな日本語で自身について話してくれる。その日本語能力の高さと日本に関する知識の深さから、クイーさんが日本で必死に勉強をしてきたことをうかがわせる。同時に、彼の話からは、彼自身が社会に関して批判的な視点を持っていることをひしひしと感じさせる。

「どうして技能実習生を卒業論文のテーマにしたのですか」

こうたずねると、それまでにこやかだった彼の表情はすっと引き締まった。

彼はこちらをじっと見据えながら、「自分は技能実習生でした。自分が経験したことだから、これを研究して実態を明らかにしたいと、龍谷大学に入る前から決めていました。実習生の調査は自分の使命でした」と、言い切った。

■「日本の製造業の高い技術を学びたい」という強い希望
ベトナム北部の農村。技能実習生の多くは農村出身だ。筆者撮影
ベトナム北部の農村。技能実習生の多くは農村出身だ。筆者撮影
クイーさんは1988年にハノイ市近郊のハタイ省(現在はハノイ市に吸収合併)に生まれた。
ベトナムでは、長きにわたった戦争の後、1975年のサイゴン陥落、翌76年の南北統一を経て現在のベトナム社会主義共和国となった。

一方、「戦後」のベトナムはカンボジア、中国との武力衝突を経験するとともに、国際的に孤立する。旧ソ連をはじめとする東側諸国との外交関係をよりどころにしつつも、西側諸国との貿易や投資関係は進展せず、国内経済は困難に陥った。

その後、1986年のベトナム共産党の第6回党大会で、市場経済の導入と対外開放を柱とする「ドイモイ(刷新)」政策が採択され、社会・経済体制の転換へと舵が切られた。現在に続く経済成長時代を迎えるのは、それ以降となる。クイーさんが生まれたのは、「戦後」ベトナムの大規模な社会変革の最中だった。

クイーさんの父親は技術者。母親は、以前は農業をしていたが、現在は主婦として家にいる。兄は医師だ。

こうしたクイーさんが技能実習生としての来日を決めたのは、高校卒業後に入学した専門学校時代の2007年のことだった。
ベトナムでは、短期大学や大学の卒業生の就職難が問題となっている。学歴を積んでもなかなか良い仕事がに就くことのできない若者が少なくない。また、以前から「起業したい」という希望があったことから、クイーさんは高校卒業後に大学には行かず専門学校に入学し、旋盤などの技術を勉強していた。

そんな学生時代のある日、在籍していた専門学校が日本への技能実習生の送り出しを手掛ける仲介会社と提携し、技能実習生として来日する学生の募集を開始した。

この情報を得たクイーさんは、「日本の製造業の高い技術を学びたい」と、技能実習生の募集に応募した。そして、面接やペーパー試験などの学内選考を通過した後、受け入れ企業の面接にも合格し、技能実習生として日本にわたることになった。

専門学校で金属加工を学んだ彼にとって、金属加工をはじめとする製造業部門の高い技術を有する日本は、技術や知識を伸ばすことのできる大きな可能性を秘めた場所に思えたのだ。

クイーさんは、「自分の学んだ分野で技能実習生の募集があったので、応募しました。技術が生かせない分野だったとしたら、技能実習生に応募しなかったでしょう」と話す。

彼は金属加工の専門性を高めるため、日本の技術に大きな希望を抱いた。日本の技術を学ぶことが自分の夢を叶え、人生を豊かにすることだと思えたのだ。両親も彼が技術を学ぶために渡日することに賛成し、笑顔で送り出してくれることになった。

■「日本の技術」への期待、喧伝される「憧れの日本」
海外に出稼ぎ者を多数送り出しているベトナム北部の農村。筆者撮影
海外に出稼ぎ者を多数送り出しているベトナム北部の農村。筆者撮影
「日本の技術」への技能実習生の期待は大きい。

技能実習生の受け入れ機関を監視する役目を担っている国際研修協力機構(JITCO)は、ホームページで、「技能実習制度は、最長3年の期間において、技能実習生が雇用関係の下、日本の産業・職業上の技能等の修得・習熟をすることを内容とするもの」と説明する。また、「この制度は、技能実習生へ技能等の移転を図り、その国の経済発展を担う人材育成を目的としたもので、我が国の国際協力・国際貢献の重要な一翼を担って」いるとする。

一方、技能実習制度の下では、多くの技能実習生が単純労働部門で働くとともに、人権侵害にさらされる事例もあるなど、これまでに技能実習制度の「技術移転」「国際協力」という建前が有名無実化しているケースが多々指摘されてきた。

だが、ベトナムでは今も技能実習生として日本にわたる若者たちの中には、本国よりも高い収入を得るという経済的な利益だけでなく、「日本の技術」「日本の働き方」を身につけることへの期待に胸を膨らませている人も少なくない。

ベトナムでは、日本の対ベトナム政府開発援助(ODA)や日本企業の対ベトナム投資の規模が大きい上、日本製品が普及しており、日本はハイテク技術を有する「経済大国」として、ととらえられているからだ。

そして、こうした「日本の高い技術」への期待を増幅させるのが、「実習生ビジネス」を担う仲介会社(いわゆる「送り出し機関」)だ。

ベトナムでは政府の認可を得た仲介会社だけが技能実習生を送り出すことができるが、こうした仲介会社は技能実習生の候補者を集める際に「日本の技術」「日本の働き方」という文言を打ち出し、若者たちを日本での技能実習へと引き付けようとしている。
一方、送り出し地ベトナムで展開されている「実習生ビジネス」において、技能実習生は搾取にさらされている。技能実習制度においては、日本という受け入れ先国で技能実習生が搾取されるだけではなく、送り出し地においても搾取の構造が構築されていると言えるだろう。
次回は、送り出し地ベトナムにおける「実習生ビジネス」において、クイーさんがなにを経験したのかをリポートしたい。


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